#70 「私は病気じゃない」と言われたら。
統合失調症の本人と家族の間に起きていること

医療のヒント

「私は絶対に病気じゃありません。」
「おかしいのは私じゃなくて、周りのほうです!」

統合失調症などの精神的な不調を抱えるご本人から、このような言葉が出ることがあります。 ご家族からすると、 「こんなにいつもと様子が違うのに、どうして本人には分からないんだろう。」 と、不思議で、そしてもどかしく思うかもしれません。

心配だからこそ、ご家族は 「あなたは病気なんだよ、お願いだから病院に行って。」 「誰かに狙われているなんて、本当に起きているわけないでしょう。」 と、何とか現実を分かってもらおうと必死に説得します。

それでも本人は納得しない。むしろ「家族まで敵になった」と怒ったり、疑ったりしてしまう。 そんな平行線の状況が続くと、ご家族も心身ともに疲れ果ててしまいますよね。

でも、ここには一つ、ご家族にどうしても知っておいてほしいことがあります。 👉 本人は、家族を困らせたり、強がったりするために「病気じゃない」と言っているわけではありません。本人にとっては、それが「100%の現実」として感じられているのです。

今回は、「病気だと認めてくれない本人」と、何とか助けたい家族との間で一体何が起きているのか、精神保健福祉士の視点から一緒に考えてみたいと思います。

① 「病気なのに、どうして分からないの?」――『病識』という壁

精神科の専門用語で「病識(びょうしき)」という言葉があります。 簡単にいえば、👉 「自分の今の状態や不思議な体験が、病気(症状)によるものかもしれない」と客観的に認識できる力 のことです。

統合失調症では、病気の性質そのものによって、この「病識」を持ちにくくなる(病識欠如)ことが非常によくあります。

例えば、

  • 「近所の人が自分をずっと監視している。」
  • 「テレビのキャスターが、自分にだけ暗号(メッセージ)を送ってくる。」
  • 「盗聴器が仕掛けられていて、悪口が聞こえる。」

周囲の人にはどう見てもあり得ないことでも、本人の脳内では👉 「高性能なVR(バーチャルリアリティ)ゴーグルを外せなくなっている状態」 と同じように、それが揺るぎない現実の出来事として生々しく体験されています。

そのため、「それは病気の症状(幻覚や妄想)だよ」と外から言われても、本人からすれば「これだけハッキリ見えて(聞こえて)いるのに、どうして家族は信じてくれないの?」となってしまうのです。

② 同じ部屋にいても、「見えている世界」が全く違う

ここが、統合失調症という病気を理解するときに一番難しく、苦しいところです。

  • 家族から見ると 👉 「誰もあなたを監視なんかしていない安全な部屋」
  • 本人からすると 👉 「常に誰かに監視されている、命の危険がある部屋」

家族は心配だから「そんなわけない」と否定します。本人は怖いから「本当なんだ!」と必死に訴えます。 どちらも相手を困らせようとしているわけではなく、相手を大切に思っているからこそ言葉が強くなり、 「病院に行こう!」「私は病気じゃない!」 と、お互いが傷つけ合う結果になってしまいます。

まずは、👉 「同じ出来事について話していても、本人と家族では見えている世界(現実)が完全に違っているんだ」 と考えてみることが、すれ違いを解く第一歩になります。

③ 妄想を「そうだね」と肯定しなくてもいい(感情に寄り添う)

では、「監視されている」と訴えられたら、家族は「そうだね。きっと監視されているね」と話を合わせればいいのでしょうか。 答えはノーです。妄想を肯定する必要はありません。

大切なのは、 👉 「その出来事が事実かどうか(監視の有無)」 と、👉 「本人が感じている恐怖や不安(感情)」 を分けて対応することです。

例えば、 「監視されているかどうか、私には見えないから分からない。でも、もしずっと誰かに見られている感じがしているなら、すごく怖いし、落ち着かないよね。

事実には同意しなくても、👉 「あなたが怖がっていること・苦しんでいること」 は理解できるよ、と感情に寄り添うことはできます。これだけでも、本人の孤独感は少し和らぎます。

④ 家族が必死に「説得」したくなるのにも理由がある

ここで、ご家族の必死な気持ちも絶対に忘れたくありません。 昨日まで普通に笑って話していた家族が、突然「狙われている」と怯え始める。 夜も一睡もせず、仕事や学校へ行かなくなり、ご飯も食べずに部屋の隅で震えている。

そんな姿を目の前で見たら、👉 「一刻も早く何とかしなければ!」とパニックになり、焦るのは家族として当然のことです。

だから、「それは妄想だよ!病気なんだから病院に行こう!」と強く説得してしまう。 それは、👉 大切な人を助けたい、昔の姿に戻ってほしいという「深い愛情」 ゆえの行動です。

ですから、「私の対応が悪かったから本人が意固地になってしまった」とご自身を責める必要は全くありません。本人も苦しいけれど、家族も同じように苦しい。まずはそこからでいいのです。

⑤ 「病気を認めてもらうこと」が最初のゴールとは限らない

本人が「私は病気じゃない」と言って譲らないとき、家族はどうしても「まずは病気だと認めてもらわなければ、治療が始まらない」と思ってしまいます。

でも、そこだけにこだわると、完全に話がストップしてしまいます。そこで、少し入口(アプローチ)を変えてみます。

病気かどうかではなく、👉 「今、本人は生活の何に一番困っているのか?」 を一緒に探してみるのです。

「病気ではない」と頑なに言う人でも、

  • 「最近、怖くて夜もほとんど眠れていない。」
  • 「ずっと見られている気がして、頭が休まらない。」
  • 「ご飯がおいしくない、疲れが取れない。」

といった「体や生活の困りごと」は強く感じているはずです。実は、その困りごとこそが、医療や相談につながる最大の入口になります。

⑥ 「精神科に行こう」ではなく、本人の困りごとを解決するために行く

例えば、「あなたは統合失調症の妄想が出ているから精神科へ行こう」と言われたら、本人は「家族まで自分を狂人扱いするのか!」と心を閉ざしてしまいます。

一方、 👉 「最近ほとんど眠れていなくて、フラフラなのが心配なんだ。眠れるようになるお薬だけでも、一緒にもらいに行ってみない?」 👉 「ずっと怖い思いをしていて疲れ切っているから、一度体の疲れを取りに行こう。」

という「困りごとの解消(不眠や疲労の治療)」が目的であれば、受診のハードルはグッと下がります。

もちろん、魔法の言葉ではないので、それでも受診を激しく拒むことはあります。だからこそ、ご家族だけで抱え込んで何とかしようとしなくていいのです。

⑦ 本人が受診しないとき、まずは「家族だけ」で相談していい

「本人が絶対に病院に行かないのだから、どうしようもない…」 そう絶望しているご家族も多いかもしれません。

でも、本人が受診を拒んでいるときこそ、👉 ご家族だけが先に、地域の相談機関(保健所や精神保健福祉センター)や、医療機関の「家族相談」へ足を運んでください。

その際には、「統合失調症だと思います」と診断を下す必要はありません。

  • 「最近まったく眠っていません。」
  • 「誰かに狙われていると怯え、仕事に行けなくなりました。」
  • 「私が病院を勧めても、怒って拒否しています。」

こうした「実際に家で起きている事実」を専門家に伝えて作戦会議をすることが、解決への一番の近道です。 また、自分や他人を傷つけるおそれがあるなど緊急性が高い場合には、保健所や警察、救急などの介入が必要になることもあります。決して家族という密室の中だけで抱え込まないでください。

🌈 まとめ ―― 「分かってもらえない」と孤独なのは、お互い様かもしれない

「私は病気じゃない。」 そう突き放されると、ご家族は「どうして分かってくれないの?」と悲しくなりますよね。 でも本人も、その恐怖の世界の中で「どうして家族は、私の命の危機を分かってくれないの?」と強烈な孤独を感じています。

本人には本人の見えている現実があり、家族には家族の見えている現実がある。 どちらかが悪いわけではありません。

だからこそ、 👉 「病気か、病気じゃないか(どちらが正しいか)」 だけでぶつかり続けるのを一旦お休みして、 👉 「今、この人は何に一番困って、何に怯えているんだろう。」 と少しだけ視点を変えてみる。そこから、止まっていた関係が動き始めることがあります。

そして、ご家族だけでは難しいと感じたら、どうかSOSを出してください。 統合失調症の支援は、本人に「あなたは病気です」と納得してもらうことだけがスタートではありません。

「眠れなくてつらいね。」 「怖いんだね。一緒にどうすれば休めるか考えようか。」

本人の言葉を頭ごなしに否定する前に、その言葉の奥にある「恐怖や不安」に寄り添ってみる。 そこに、本人と家族をもう一度優しくつなぎ直す、小さな入口があるのだと思います。

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