#73 「薬は飲みたくない」と言われたら。
服薬を拒む本人と、「飲んでほしい」家族のすれ違い

医療のヒント

「今日の薬、ちゃんと飲んだ?」 「……うん、飲んだよ。」 そう言っていたのに、部屋から飲んでいない薬が束になって出てきた。あるいは、「もう薬はいらない」「飲むと体がだるくなるから嫌だ」と、面と向かって拒否されてしまう。

統合失調症の治療を続ける中で、服薬をめぐってご本人とご家族の気持ちが衝突し、すれ違うことが本当によくあります。 ご家族としては、「またあの時みたいに症状が悪化したらどうしよう」と底知れない不安に襲われ、つい👉 「絶対に飲まなきゃダメでしょ!」 と強く叱りつけてしまうこともあるでしょう。

でも、本人には本人なりの、👉 「どうしても飲みたくない切実な理由」 があるのかもしれません。 今回は、「どうしたら無理やり薬を飲ませられるか」ではなく、「なぜ、この人はこんなにも薬を飲みたくないのだろう?」というところから、精神保健福祉士(MHSW=PSW)の視点で一緒に考えてみたいと思います。

① 「病識がない」だけではなく、切実な理由がある

薬を捨てていることが分かると、「やっぱり自分が病気だってことを分かっていないんだ」と絶望してしまうかもしれません。 もちろん、病識(自分が病気であるという認識)が持ちにくく、服薬の必要性を感じないこともあります。でも、理由はそれだけではありません。

  • 「薬を飲むと、泥のように眠くて起き上がれない」
  • 「手がブルブル震えて、文字が書けない」
  • 「急激に体重が増えて、外に出るのが恥ずかしい」
  • 「毎日薬を見るたびに『お前は病人だ』と突きつけられている気がする」

薬を飲むことについて、👉 健康な私たちには想像もつかないような「心身の激しい苦痛」 を抱えていることが多々あります。また、症状が落ち着いたことで「もう治った(必要ない)」と誤解しているケースもあります。

② 家族が「絶対に飲んで!」と監視したくなる理由

一方で、ご家族がそこまで必死になるのにも、悲痛な理由があります。 以前、本人が勝手に薬をやめた(断薬した)あとに症状が急激に悪化し、再び入院することになった…。そんなトラウマのような経験があれば、薬が残っているのを見つけただけで、👉 「またあの地獄のような日々に逆戻りしてしまうのではないか」 と、心臓が凍るほど怖くなることがあります。

だから、「ちゃんと飲みなさい!」「飲んだか見せて!」と過剰に干渉してしまう。それは、深い愛情と恐怖の裏返しなのです。

③ 「飲んだ?」「飲んでない!」の看守と囚人にならないために

しかし、毎日「飲んだ?」と確認する会話ばかりでは、本人は👉 「ずっと監視されている」「自分は全く信用されていない」 と感じて心を閉ざしてしまいます。親子や夫婦という温かい関係が、「薬を飲ませる看守」と「薬を飲まされる囚人」のような冷たい関係になってしまうのは、お互いにとって息苦しく悲しいことです。

すぐに「ダメでしょ!」と説得する前に、一度深呼吸をして聞いてみてください。 👉 「そっか、飲みたくないんだね。今の薬の、何が一番嫌なの?」 すると、「朝起きられない」「太ったのが嫌だ」など、具体的な本音が見えてきます。

④ 副作用は「我慢するもの」ではなく「主治医に相談するもの」

本音が見えてきたら、「再発するよりマシなんだから我慢しなさい」と痛みを押し付けるのではなく、👉 「主治医に解決してもらうべき重要な課題」 として扱います。

飲む時間を夜だけにずらせないか。体重増加が少ない薬に変更できないか。毎日飲むのが苦痛なら、月に1回注射を打つだけの薬(LAI=持続性注射剤) に変えられないか。医療が進歩した今、「薬が嫌だ」という言葉は、治療をより良くカスタマイズするための大切な情報になります。

⑤ 勝手にやめず、主治医に「やめたい」と相談する(メモの活用)

統合失調症では、症状が落ち着いた後も再発を防ぐために少量の薬を続けることが非常に重要です。自己判断で急に中断すると、高い確率で再発(リバウンド)が起こります。 そのため、👉 自分たちだけでコッソリ中断せず、必ず主治医に「薬をやめたいと思っていること」を相談する ことが絶対のルールです。

主治医の前では「変わりありません」と優等生になってしまう場合は、👉 困っていることを箇条書きの簡単なメモにして、先生に見せる方法 がとても有効です。「薬を飲むとだるい」「できれば薬を減らしたい」と文字にしておくことで、前向きな話し合いがしやすくなります。

⑥ 「飲ませる」から「一緒に考える(SDM)」へ

精神科医療でも、近年は医師と本人が話し合って治療を決める「SDM(共同意思決定)」が重要視されています。「親が薬を飲ませる」から、👉 「本人が自分の生活のために、治療をどう使うか考える」 へとシフトしていくことが大切です。 「これからどんな生活をしたい?」「そのために、次の診察で先生へ何を相談しようか」と、本人を主役にして治療を作っていく視点を持ちましょう。

🌈 まとめ ―― 「飲みたくない」の奥にある本音を聞いてみる

「薬は飲みたくない。」 その言葉の奥には、眠い、だるい、太るのが嫌だ、といった本人なりの切実なSOSが隠れています。

だから、「飲んだ?飲んでない?」の犯人探しだけで終わらせず、👉 「どうして飲みたくないと思ったの?」 と聞いてみる。そこから見えてくる解決策が必ずあります。

本人、家族、主治医が同じ方向を向けない日があっても構いません。 ただ毎日薬を我慢して飲み込むのではなく、👉 「自分はどう暮らしていきたいのか。そのために、どう薬を利用するか」 を一緒に考え続けていきましょうね。

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