#71 「誰かに見られている気がする」本人にとって、その怖さは“現実”かもしれない

医療のヒント

「誰かに見られている気がする。」
「近所の人が、ずっと自分の悪口を言っている。」
「外に出ると、すれ違う人みんなが自分のことを噂している。」

大切な家族から突然そんなことを言われたら、あなたならどう答えるでしょうか。
「そんなことないよ。」
「ちょっと考えすぎじゃない?」
「誰もあなたのことなんて見ていないから、大丈夫だよ。」

安心させようとして、そう伝えるかもしれません。 それでも本人は、👉 「嘘じゃない、本当なんだって!」 と必死に訴える。 何度説明しても、事実を伝えても納得してくれない。 そんなやり取りが続けば、家族もどう接したらいいのか分からなくなり、途方に暮れてしまいますよね。

でも、統合失調症の幻覚や妄想について考えるとき、一つだけ、ご家族にどうしても知っておいてほしいことがあります。 👉 周囲には全く感じられないことであっても、本人の脳と心の中では、それは「100%の現実」として生々しく体験されている、ということです。

今回は、その「本人が体験している世界」と、家族にできる関わり方について、精神保健福祉士(PSW=MHSW)の視点から一緒に考えてみたいと思います。

① 幻聴は「頭の中の想像」とは違う、本物の音

統合失調症の代表的な症状の一つに「幻覚」があります。その中でも特によくみられるのが、幻聴です。

周囲には聞こえていない声が、本人にははっきりと聞こえます。 例えば、 「お前はダメな人間だ」「みんながお前を嫌っている」といった、自分を激しく責め立てる声。 あるいは、「今すぐそこへ行け」「外に出るな」と、何かを命令する声。

周囲からすると、「そんな声、どこからも聞こえていないよ。気のせいだよ」と思います。 でも、脳のメカニズムからすると、👉 本人の耳(脳)には、私たちが普段聞いている声と全く同じ音量・リアルさで響いている のです。 だからこそ、「気にしなければいい」「無視しなさい」と言われても、簡単に切り替えられるものではないのです。

② 「誰かに狙われている」という圧倒的な怖さ

「妄想」も、統合失調症でみられることがある症状です。 例えば、「誰かに監視されている」「近所の人から組織的な嫌がらせを受けている」「テレビで自分の悪口を言われている」などです。

本人にとって、その考えには揺るぎない現実感があります。 少し想像してみてください。もしあなたが、👉 「正体不明の誰かに、24時間ずっと監視されて命を狙われている」と“本当に”感じていたら。

  • 怖くて、部屋のカーテンを二重に閉めたくなるかもしれません。
  • 誰が敵か分からず、外へ出るのが怖くなるかもしれません。
  • 夜も安心して眠れず、家の中を歩き回るかもしれません。

ご家族から見れば、「どうしてそんな奇行をするの?」と思う行動があるかもしれません。 でも、👉 その行動の奥には、「命を脅かされるほどの圧倒的な恐怖」が隠れている のです。

③ 「それは妄想だよ」と説得したくなるけれど

家族としては、「事実ではないと分かってもらえれば、本人が安心するのでは?」と思います。 だから、 「誰も監視なんかしていないよ。」 「カメラなんてないか調べたけど、何もなかったよ。」 「それは病気の症状なんだよ。」 と、一生懸命に説明します。もちろん、それは本人を安心させたいからこその、深い愛情ゆえの言葉です。

でも、本人にとって現実味の強い体験を何度否定されても、決して納得することはできません。 場合によっては、👉 「自分はこんなに命の危機を感じているのに、家族まで自分を信じてくれない(見捨てられた)」 と孤独を深め、心を閉ざしてしまうこともあります。

ですから、👉 「正しい事実を分かってもらう」ことだけに、家族のエネルギーを使わなくてもいい のです。

④ 「事実」に同意しなくても、「感情」には寄り添える

では、「近所の人に監視されている!」と言われたとき、「そうだね、きっと監視されているね」と、妄想に話を合わせればいいのでしょうか。 それも違います。(話を合わせると、恐怖をエスカレートさせてしまうことがあります)

ここでPSWとしてお勧めしたいのが、👉 「本人が話している事実」と、「本人が感じている感情」を分けて対応する という方法です。

「本当に監視されているかどうか、私には見えないから分からない。👉 でも、あなたが『見られている』と感じていて、すごく怖い思いをしていることは分かるよ。

例えば、

  • 「私にはその声は聞こえないけれど、あなたには聞こえていて、ずっと悪口を言われているなら、本当につらいよね。」
  • 「眠れないくらい怖いんだね。👉 少しでも安心できるように、一緒にカーテンを閉めて鍵を確認しようか。

体験の内容(監視や声)に同意しなくても、👉 その人の苦しさ(恐怖や不安)には寄り添い、安心するための具体的な行動を共にする ことはできます。ここは、とても大切なところです。

⑤ 「何を言っているの?」ではなく、「どう感じているの?」へ

幻覚や妄想の突飛な話を聞いていると、どうしても内容のほうに意識が向いてしまいます。 「誰が監視しているの?」「どうしてそう思うの?」「そんな証拠はあるの?」

でも、内容について議論(裁判のような問答)を続けるほど、本人と家族の距離は離れてしまいます。 そんなとき、少し質問を変えてみます。

👉 「それが聞こえると、どんな気持ちになる?」
👉 「一番怖いのはどんなとき?」
👉 「どうすると、少しだけ安心できる?」

すると、“妄想が本当かどうか” ではなく、👉 “本人が今どれくらい苦しんでいて、何を必要としているのか” が見えてくることがあります。

⑥ 家族が「怖く」なってしまうのも当然です

ここまで、本人の恐怖について書いてきました。 でも、もう一人、絶対に忘れたくない人がいます。それは、一番そばで支えているご家族です。

今まで聞いたことのないようなおかしな話をするようになった。 夜中まで眠らずにブツブツ言っている。突然、激しく怒るようになった。 時には、「お前もグルなんだろう!」と家族である自分まで疑われてしまった。

そんな状況が続けば、👉 家族だって疲れ果て、怖くなるのは当然です。 「どう接したらいいの?」「何を言えば怒らせない?」「このまま一緒に暮らして、私の生活は大丈夫なの?」 そんな不安を抱える自分を、決して「冷たい家族だ」と責めないでください。

家族だからといって、本人のすべてを24時間受け止め続けなければならないわけではありません。 本人を支えることと同じくらい、👉 家族自身の心身の健康と安全を守ることは、絶対に優先されるべき大切なこと です。

🌈 まとめ ―― その話を信じなくても、その「怖さ」は受け止められる

幻覚や妄想について聞いたとき、家族が戸惑い、パニックになるのは自然なことです。 「そんなわけないでしょ!」と怒りたくなる日もあるでしょう。 「否定しちゃダメなら、全部話を合わせなきゃいけないの?」と苦しくなることもあるでしょう。

どちらか一方でなくてもいいのです。 👉 「私にはそう感じられない。でも、あなたが怖い思いをしていることは、痛いほど分かるよ。」 その二つは、両立して伝えることができます。

本人が体験している不可解な内容を、すべて理解することはプロでも難しいです。 それでも、 怖い。不安だ。眠れない。一人では抱えきれない。 👉 その「人間としての感情」の部分なら、私たちは寄り添い、近づくことができます。

統合失調症の人を理解するということは、幻聴や妄想の不可解な世界に一緒に入り込むことではありません。 👉 その世界の中で震えて怖がっている一人の人を、現実にいる家族が、決して置き去りにしないこと(見捨てないこと)。 それが、本当の意味で寄り添うということなのだと思います。

そして、家族だけで支えることが限界だと感じたら、すぐに医療機関や保健所などにSOSを出してください。 本人も、家族も、一人きりで抱え込まないこと。そこから、支援は始まっていきます。

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